以前記事にも書きましたが、私は寝る前に落語を聞く習慣があります。
寝る前と言いますか、むしろ寝ながらと言いますか。寝る前にこれまた習慣の読書を済ませて、うとうとした状態で落語をつけて聞きながら眠りにつきます。
古今東西の名人たちの話芸を聞き、その気楽な世界に身を委ねているととても気持ち良く眠りにつけるので、もう10年以上の習慣となっています。
そんな中で、私が江戸落語家の中でトップクラスによく聴いている古今亭志ん生の著書「なめくじ艦隊」を紹介します。
古今亭志ん生とは
破天荒な落語家古今亭志ん生
大名人、古今亭志ん生(ここんていしんしょう1890年〜1973年)。江戸落語会きっての名人で昭和を代表する落語家でもあります。
その芸風は融通無碍、天衣無縫で破天荒。型にとらわれるという感じではなく、一回ごとの高座によって同じ落語でも全然違ったと言われています。
残されている音源などを聴いていてもなんというかジャズな感じ。志ん生の落語は即興性があって、ポンポンとはねるんだけれども芯にはしっかりとした技術を感じます。
笑える滑稽噺だけでなく、人情噺などたんたんと聴かせる落語もうまく、その世界観にひきづりこまれる巧さも魅力。
志ん生の落語の魅力
私が感じる志ん生の落語の魅力はその軽さにあります。
変な言い方ですが、地に足ついた軽さ。
実力を伴った上でできる、奔放さ。その時の高座の空気をつかみ、落語のイマジネーションの幅をとことん広げてくれるってな感じです。
同じく名人の桂文楽や林家正蔵の落語が地面にどっしり腰をおろした感じなのと比較して、古今亭志ん生の落語の軽さが寝る前にぽわーっとしたい気分にぴったり合うのです。
古今亭志ん生の「なめくじ艦隊」
どうにかしてしまうたくましさ。
そんな古今亭志ん生の著書「なめくじ艦隊」は自身の半生記。
どういう生まれで、噺家になってからどんな人生を歩んできたか、破天荒で波乱万丈の人生が書かれています。
まだまだ江戸の空気かが残る明治時代に生まれ、若い時代から奔放で破天荒な性格。
そういう性格もあって噺家人生を歩んでいくのですが、この「なめくじ艦隊」の面白いところは旅行記の部分や貧乏暮らしの描写にあります。
旅行記などはまだ交通機関が発達しきっていない時代が描かれており、お金はないが扇子と手拭いと自らの話芸でどうにかなっていた時代のたくましさが面白いです。
いく先々の地方でどうにもこうにもならなくなりかけますが、結局どうにかなってしまう要領の良さとずうずうしさ。そして何より神経の図太さ!
また、戦中の中国への慰問時代。生死の狭間においても、腹をくくって酒をもとめて、のらくらするたくましさ。
まっとうな神経と道徳観では乗り越えていけないような部分も持ち前の破天荒さとずうずうしさでどうにかこうにかくぐり抜いて行くところに、ある種の物語の主人公に抱くような「頑張ってくれ!」って応援感を投影してしまいます。
今のネットや生活の保障がある時代では、「なめくじ艦隊」に描かれているようなたくましさや要領のよさがちょと足りてないなぁと感じさせられます。
まったく真似はできませんが、「なめくじ艦隊」での志ん生が持つ生きる力みたいなのは見習わなければと。
ずうずうしさも磨くべき才能の一つかもしれません。
貧乏のどん底でもなんとかなってる
「なめくじ艦隊」で旅行記の部分ともう一つ見所な貧乏話。
本書のタイトル「なめくじ艦隊」は古今亭志ん生が住んでいた貧乏長屋にでた巨大ナメクジの群れからとったものです。
雨が降るたびに出現する巨大ナメクジ。鳴くは噛み付くわとやや誇張はありますが、貧乏も面白おかしくしようとする芸人の心意気が文章から伝わってきます。
文章の中では貧乏にまけず、気楽な描写がありますが、実際は結構大変だったみたいです。
「なめくじ艦隊」には描かれていませんが、娘さんや息子の金原亭馬生さんのドキュメンタリーなどを見ると家族がどうにかこうにか内職などして生活が成り立っていたとのこと。
古今亭志ん生自身は根っからの芸人でなかなか家庭的なことに無頓着。家庭にお金をきちんと入れるってなことを怠ることも多かったそうですが、その分芸については熱心だったそうです。
破天荒な人生や貧乏暮らしが己の芸の糧となり、晩年には大名人として今も多くの落語ファンを惹きつける唯一無二の落語家となったのでしょう(参考:人気落語家さんたちの十八番と工夫がわかる本「十八番の噺」)。
志ん生の破天荒さはもはやキャラクター
「なめくじ艦隊」は半生記であるので、実際に古今亭志ん生に起こった出来事が書かれたもの。
ただ、その体験談が明治や大正、昭和初期の出来事であったり、道中記などでおこる破天荒なことがドタバタギャグのよう、ある種志ん生を空想世界のキャラクターのような感覚で読み進められます。
まだまだ日本全体が貧乏だった時代での、その中でもとりわけたくましく、ずうずうしかった一人の天才芸人の生活は現代にはないものばかりなので想像力を膨らませてくれます。
辛かったりしんどかったりしたこともありましょうが、「なめくじ艦隊」は芸人として人を楽しませようとする精神にみなぎった文章で、気楽に楽しめる半生記に仕上がっています(参考:将来がちょっぴり不安な時に聴く落語)。
大河ドラマ「いだてん」でビートたけしさん演じる古今亭志ん生に興味を持った方も、いったいどういう人物だったのかが知れて、よりドラマが面白くなるかも。
「なめくじ艦隊」を読めば、その破天荒さにきっと志ん生という天才落語家のファンになるはずですよ。
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