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「ゴッド・ファーザー3」名シーン。マイケルの絶叫に込められたもの

ゴッドファーザー3で感じたこと おすすめ映画

たまには映画の話でも。

おとつい、「ゴッド・ファーザー3」を観ました。この一週間で三部作を鑑賞。

以前に観たのは15年ほど前だったのですが、その時とは全然違う印象を受けました。

現在35歳。前に見た時はまだ20歳。

15年歳を重ねて得たことや経験したこともあるのでしょうが、以前観た時にはわからなかた「ゴッド・ファーザー」内で描かれているテーマが見えてきた。

特に「ゴッド・ファーザー3」のラスト。なんとも一言では表現しがたい、感動、衝動のある名シーンに胸打たれました。

この興奮を忘れないうちに、名作の誉れ高い「ゴッド・ファーザーシリーズ」で感じたことを記したいと思います。

(以下映画の内容などネタバレを含みますのでご注意ください。)

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15年ぶりに観た「ゴッドファーザー」。3の名シーン、マイケルの叫びに込められたもの

「ゴッド・ファーザー」とは

暴力

「ゴッド・ファーザー」はマリオ・プーゾの小説が原作のフランシス・フォード・コッポラ監督が描く、ニューヨークに生きるイタリアンマフィアの一族の生涯を描いた長編映画。

全三部作でトータル10時間ぐらいある作品です。

1部ではマフィアのボス、ドン(ヴィトー)・コルレオーネを軸にファミリーの愛、絆、裏切りとともにマフィア同士の抗争が描かれています。後継候補だった、ヴィトーの長男のソニーが殺され、もっともおとなしい性格だった三男のマイケル・コルレオーネ(演者:アル・パチーノ)が後を継ぐまでの話。

2部ではヴィトーがマフィアになった過去の経緯を描くとともにラスベガスに拠点を移したマイケルたちが利権争いなどで抗争を繰り広げられます。マフィアに染まるマイケルについていけなくなった妻は離婚。子供たちとも離ればなれに。抗争の中で実の兄でヴィトーの次男フレド・コルレオーネの裏切りを知り、殺害を命じることに。これがマイケルの心を深く傷つける結果となります。

3部ではマイケルはすでに初老に。表舞台での企業経営などもうまくいっていますが、裏の世界とのつながりも。なんとか子供達とのつながりも復活するのですが、マフィアの業(ごう)で悲劇の結末に。

「ゴッド・ファーザー」 愛のテーマ

映画の内容はとにかく濃いです。1作品が大体3時間ですが、ぜんぜん長さを感じさせない面白さと魅力を兼ね備えています。

俳優陣のすばらしい演技もさることながら、画面の構図と色彩が見事。正直、どこを取っても名シーンといっても過言では無い場面ばかり。

絶妙に引きの絵。そして室内の影の色と照明の明かりの対比。濃密かつ荘厳な印象はコルレオーネ家の威厳や畏怖をうまく表現しています。

15年ぶりに観てわかった「ゴッド・ファーザー3」の衝撃

オペラ劇場

20歳の時に見た時には、1が一番面白く、あとはそれほどでもないという印象でした。

マーロン・ブランド演じるヴィトー・コルレオーネの印象が強烈だったからでしょう。しわがれ声と不気味な迫力。荒々しい感じではないのに、敬意と畏怖の象徴としてマフィアのドンに君臨しています。

また、マフィア映画らしいアクションシーンも派手で、特にソニーが銃撃されるシーンなどが強く印象に残っていました。

今回15年ぶりに観て、もちろん1も面白かったし、2の殺伐とした雰囲気や若き日のヴィトー演じるロバート・デニーロのかっこよさを再確認したりもできました(若い頃のデニーロはすらっとしてて本当にかっこいいです)。しかし何よりも強烈だったのが3のラストシーン。最後の最後、ぼろぼろと涙がこぼれてくるぐらい強烈で衝撃的な、ゴッドファーザーシリーズ屈指の名シーンです。

コルレオーネ家の表裏を表すラスト

「ゴッド・ファーザー3」のラストの方、マイケルはドンの座を甥のヴィンセントにゆずりわたすことに。

マイケルの息子アンソニーはオペラ歌手としてデビューすることになり、マイケルとその家族(娘、別れた妻、妹など)は皆で講演を観に行きます。

満員の劇場、アンソニーのすばらしい歌と演技。愛すべき家族とともに、マイケルは至福の時間を過ごします。

そんな幸せな時間の背後では、マイケルに向けて殺し屋が送られており、その情報を得たヴィンセントは警護をおこたりません。

同時刻、コルレオーネ家に歯向かったり、裏切りを行った連中に対し、ヴィンセントは暗殺者を送り、多くの人が死んでいきます。

家族の幸福の時間と血なまぐさい殺人が同時並行で繰り広げられていきます。バックに流れるのは壮大なオペラ。愛と死の表裏が画面に繰り広げられます。

オペラ劇場でのシーン、劇場の薄暗い照明に照らされるマイケルたちの姿は光と影とがないまぜとなった印象的な色彩でした。まさしく彼らコルレオーネ家の人生を表したような表と裏の色彩。

【映画史に残る名シーン】マイケルの絶叫に込められた因果

悲しみと絶叫

そしてアンソニーの公演は無事成功。マイケルは至福の中劇場を出ます。

劇場前の大階段で、アンソニーは出迎えてくれます。誰もが祝福する中、殺し屋がマイケルに向けて銃弾を発射。

悲鳴に包まれる大階段。銃弾はマイケルの急所を外していたのですが、そばにいた愛娘のメアリーの胸を貫くことに。崩れ落ちるメアリー。

愛娘に覆いかぶさるマイケル。悲鳴をあげるメアリーの母。

マイケルも腰をつけ、呆然となり。

そして悲しみの絶叫。悲しみ、後悔、苦しみ、喪失、ありとあらゆる辛さのないまぜになった表情で、無声の時間が数秒続き、悲鳴をあげます。

この絶叫は映画史に残る名シーンと言えるほど、ものすごい迫力。心をえぐるような感情の嵐。

私はここで涙が止まりませんでした。このアル・パチーノの演技が凄まじすぎたからです。たとえ演技といえども、あれほどの悲しみと後悔の激情が画面にあふれるとは。

1部からマイケルは様々な殺人などに手を染めたり、指示をしてきました。利権や裏切りの報復などもありましたが、家族やコルネオーネファミリーを守るための愛ゆえの場合もあったはずです。

その因果ともいうのか、最愛の娘が目の前で殺される。マイケルの叫びには愛や人生の悲しさとともに、暴力や戦争の虚しさなどすべてがつまっているような気がしました。

その絶叫の数秒に、もはや自分たちだけではどうにもならない、運命に翻弄されたコルレオーネ家の因果が集約されている気がするのです。ゴッドファーザー3のラストは、その因果の過酷さを見事に表現した名シーンです。

ドン・マイケル・コルレオーネの最後

一人椅子にたたずむマイケル・コルレオーネの最後

マイケルの絶叫のあと、かつての愛した人々との回想シーンに変わります。

もっとも幸福だった時代、愛する人々に囲まれた平和な時代の回想シーン。

そして、さらに数十年後。すっかり老人になったマイケル。さびれた庭で一人椅子に腰掛けています。

誰もいない、さびれた庭。犬が二匹。静寂とともに椅子から崩れ落ち、マイケルは寂しく息を引き取ります。そうして「ゴッド・ファーザー」という映画は幕を閉じるのです(この場面も、またなんとも言えない名シーン)。

愛のために戦い、傷つき、守ろうとしたマイケル・コルレオーネは誰にも看取られずに死んでいきました。

ここにも、暴力の虚しさ、マフィアの虚栄など言葉では言い表せない虚しさが表現されています。

さらに15年後にもう一度観たい

今、私は35歳。数々の名シーンから、20歳の時にはわからなかった、マイケルの人生の深みというのが見えるようになっていました。

「ゴッド・ファーザー」シリーズはもう数十年前の映画ですが、まったく色あせることなる、普遍的な魅力をたたえた映画であります。

もう一度、15年後ぐらいに観たいな、と。50歳になった時、私はこの映画を観て、どこに何を感じるのか。

その人の人生によって、わかる部分、面白さなど多様な視点で味わえる名作だと思います。

もし、時間が長かったりだとか、昔の映画という理由で敬遠されている方がいるのだとしても、一度腰を据えてまずは1作目から観て欲しい、人生を見つめるために観て欲しいと言える、そんな映画でした。

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