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神社で感謝!参拝で心がけて欲しいたった一つのポイントとは

神社、鳥居 徒然思う

みなさん神社って好きですか?私は周りに大きな神社があることから、月に数度は参拝しています。

中には、神社に行くのは初詣だけという方もいらっしゃるかもしれません。「そもそも神社って何をするばしょなの?」って方もいるでしょう。

よくあるのはご利益をお願いしに行くということ。ただ、神社への参拝ってそれだけでじゃないんです。

今回は神社の参拝で心がけてほしいポイントを記しました。

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神社への参拝は感謝の心を再確認する行為である

神社とは何か

日本の神社

日本中、ありとあらゆる場所にある神社。書いて字のごとく、神様が祀られている社(やしろ)であり、古くから日本の信仰心の拠り所でもあります。

神様と言っても、世界中に神様が祀られていますが、日本の神社においては基本的に日本神道における神様を祀る場所。八百万の神様がいるので、神社ごとに様々な神様が祀られています。

一番有名な伊勢神宮で言えば、天照大神が祀られている社。天照大神は日本の太陽の神様でもあり、今でも多くの信仰を集めていますね。

一方で日光東照宮のように、もともと人である徳川家康を神格化して祀るという様な神社もあります。

日本の信仰は、自然崇拝からの流れであったり、人の神格化であったりと割と幅が広いのも特徴。キリスト教やイスラム教のように、「これ」といった一つの信仰対象がないところから、神社にも様々なバリエーションが生まれたのでしょう。

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神社はご利益をお願いをするところ?

忘れる、わからない

この前やっていたアメトーークの「神社仏閣大好き芸人」でも小藪さんが「ご利益を願うな!」と言っていました。でもはたして願ってはダメなのでしょうか?

実際に、神社に行くと家内安全、家内円満、恋愛成就をはじめ、数々の病気に効く、薄毛が治る、お金が儲かる、芸能界で出世するなど様々なご利益が提示されています。

そして、そういうご利益で有名な神社ほど人気があったりしますね。宝くじにご利益のある神社などは、かなり遠方からの参拝者がいるというニュースも見たことがあります。

そもそも信仰は、古くは自然であったり病気であったりとコントロール出来ない事柄について、平穏無事で過ごせるように願うことであったり豊作などへの感謝から始まりました。しかし、ただ漠然と祈るというのも難しいはなし。だからこそ神様という、超自然的な存在を具体化し、信仰の対象としたのです。

そういう、自然信仰的なもともとの流れを考えた場合、神社でご利益をお願いするという行為も間違ってはいません。

自分の心を見つめ直し感謝する場所

自然の中で考える

しかし、神社へ行ってただご利益を願うだけというも、少し違うかも。

「ご利益を願う」だけではなく「日頃の感謝」という視点も大事です。

たとえば、日常生活において感謝ってしていますか?毎日衣食住がそろっている生活をしている、元気で働けている、今日まで病気や事故にあわずに生活できている、ご飯が美味しかった、楽しいことがあった、気持ちいいことがあったと何でも構いません。それって、よくよく考えてみるととてもありがたいことなのです。

でも、普段の生活を過ごす中で、いつのまにか当たり前のように思ってしまう。

毎日あるから当たり前。でもそれって当たり前なんでしょうか?災害や事故、病気、経済の破綻や戦争が起こる可能性だってある。そうなると、それらが当たり前ではなくなる。あったかい屋根のある部屋で過ごせているだけでもラッキーなのです。1日健康で過ごせるってこと自体だけでも、よくよく考えたらものすごくありがたいことなのです。

【斎藤一人】今あるものに感謝すれば、問題が消える

私は神社へ行った時には、家内安全などを願うとともに、こういう日々の生活を実感し、感謝することにしています。参拝する毎にこうして感謝を習慣化することで、日々の何気ないことにも「ありがたいなぁ」と感じるようになってきました。

神社へ行って、もちろん利益を願うことはかまいません。それにプラスして、日々の生活に感謝し、一度自分の心を見つめ直す、参拝にそういうプロセスを組み込んではいかがでしょうか。

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神社への参拝は運という不確定要素への感謝を確認する行為である

「別に神社に参拝しなくても感謝だったらどこででもできるじゃないか?」と思った方もいるかもしれません。確かに、感謝という行為は毎日どこででもしていいことだと思います。ご飯を作ってもらった、仕事があった、誰かに優しくしてもらえたなど感謝のチャンスはどこにでもあります。

たとえば、毎日の生活は自分の努力で向上していくことは可能です。努力して勉強したり、毎日を楽しもうという意思があることで、日々の生活は素晴らしいものになっていくでしょう。

しかし、そこには自分の努力ではどうにもならない不確定要素が介入する可能性があります。いきなりの災害や事故、自分の力ではどうすることもできない要素は身の回りにたくさんあります。

神社への参拝は「そういうどうしようもない不確定要素を乗り越えて今無事生きていること」ことへの感謝を確認するという行為ではないでしょうか。

ある種「運」と言い換えてもいいかもしれません。自分の力の及ばぬ、確率論。不運にあうことなく、過ごせてこられた感謝の確認。

そういう力の及ばぬことへの感謝こそ、神社での参拝にはもってこいなのだと感じます。

神社に行って、何をすべきか。

これまでご利益をお願いすることだけしてきた人は、一度感謝の気持ちを再確認してください。自分の力の及ばぬ部分、運に左右される部分をうまくくぐり抜け、今こうして参拝できていることに感謝するのです。

そういう行為は、自分の心を整えて、新たな活力につながることでしょう。次回の参拝の時に、心がけていただければ幸いです。

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