私が好きな作家さん。森見登美彦さん、東海林さだおさん、杉浦日向子さんなどがいますが、その中でも小説においては池上永一さんが好きです。
代表作に「テンペスト」や「風車祭」などがあり、沖縄を舞台に繰り広げられる、ファンタジーやSFを得意とする作家さん。
時にギャグ多め、そして時にシリアス。沖縄の風景と風土、そして人柄を交えつつ、池上永一唯一無二の世界観が展開されていきます。
そんな池上永一さんの最近の作品「ヒストリア」。私、池上さんのギャグタッチが好きなので、今回の作品は重そうだったのでいままで手が出てこなかった。
しかし、読んでみると今までの池上永一ワールドの一段階上をいく重厚な面白さ。
沖縄からボリビアへ。ワールドワイドかつ、歴史と戦争について考えさせられる「ヒストリア」の紹介です。
(※以下ネタバレ含みます)
感想「ヒストリア」チェゲバラの描き方と終わらない戦争
池上永一作品の特徴
池上永一さんの作品全体の特徴として言えるのが、極端なキャラクター設定と絶頂とどん底の繰り返し、そして沖縄文化をとりいれることにあるかと思います。
出てくるキャラクターそれぞれが魅力的なのですが、とことん力が強かったり、がめつかったり残忍だったり、交友範囲がものすごかったりと、それぞれ何か極端なものを持っていることが多い。そんな極端なキャラクターたちが暴れ回る面白さがあります。
それら特徴あるキャラクター主人公たちの人生のアップダウンが激しいこと。たとえコツコツと成功を築いていっても、たった数ページで人生のどん底まで叩き落されることだってしばしばです。ただ、それをいつまでも引きずるわけではなく、またしばらくすると復活してくるというしぶとさも魅力。
また、沖縄文化も多分に盛り込まれており、特にマブイといった魂についての言及も多く見られます。
本作「ヒストリア」も沖縄とボリビアを舞台に、池上永一作品のテイストがいかんなく発揮されています。
「ヒストリア」は戦争について深く考えさせられる本
これまでの池上永一作品同様、「ヒストリア」の主人公は沖縄生まれで、沖罠から物語はスタートします。
主人公の知花煉は太平洋戦争の沖縄戦で、九死に一生を得ますが、その際にマブイ(魂)を落としてしまいます。
敗戦によりどん底の沖縄経済の中、己の度胸と才覚で財と富を築いた煉。しかし様々な裏切りととばっちりにあい、沖縄にいられないようになります。当時沖縄では南米移民を積極的に募っており、煉は密かにボリビアの移民団の仲間に。
南米ボリビアでの生活は辛苦を極めます。熱帯雨林を開墾から始めなければいけない過酷さ。そして流行り病で次々と死んでいく仲間たち。そんな中、煉もその流行り病に倒れることに。
煉は幸いにも病から回復できたのですが、すっかり人が変わっていました。それもそのはず、沖縄戦で落としたマブイが煉の身体に乗り移っていたのでした。そして元の煉はマブイとして放り出されることに。
新しい煉はこれまで以上に数奇な運命に巻き込まれていきます。そしてマブイとなった元の煉は南米で革命運動を繰り広げられていた若き日のチェ・ゲバラと恋に落ちることに。
二つの魂に分かれた主人公たち。二人の視点から別々に展開される沖縄、そしてボリビア、キューバを舞台に歴史的大事件を交えつつ展開される壮大な物語です。
二人の煉
「ヒストリア」で面白いなと感じたのは、主人公である煉が二つに分かれていること。
一方は肉体を持った煉。もう一方はマブイの蓮。マブイといっても他の人からも見られるし、コミュニケーションをとることだって可能です。
この二人の煉の視点で代わる代わる展開される物語が面白い。
主人公が複数名いて、それぞれの視点から展開される小説は他にもありますが、同一人物ながら二つの視点に分かれているというのははじめてでした。
同じ蓮でも双方微妙に性格が違い、病から復活した後肉体を得た方の煉は仲間思いで、協力して物事を成し遂げていくタイプ。マブイになったほうの煉は派手好みで人を利用してのし上がっていくというタイプです。
それぞれベースは同じなれど、目的が違うので、その行動に大きな差が出てきます。特にマブイの煉はチェ・ゲバラに恋しているのでキューバ政府のための行動を次第に行っていきます。
二人の煉の物語から、アメリカ的資本主義と共産主義の対決、スパイたちの暗躍、何もないところから村を築いていく移民団の人生、戦争とは何かにまで広がっており、「ヒストリア」は非常に深みのある作品に仕上がっていました。
「ヒストリア」でチェ・ゲバラをどう描くか
「ヒストリア」で興味深かったのは、チェ・ゲバラの描き方。現代でも人気は衰えず、その肖像画はある種のイコンとなっています。私もいくつかゲバラの映画を見ましたが、どの映画をみても夢に燃えるカリスマ的革命家的な描かれ方をしていたように思います。
「ヒストリア」でも最初はそのようなチェ・ゲバラの描かれ方でしたが、物語が進むにつれて徐々に変わってきます。
チェ・ゲバラを支配する倦怠感。それを革命という一大スペクタクルを成し遂げることで興奮の坩堝に。しかしキューバ革命を成し遂げてしまうと、また倦怠感に包まれる。だから他の南米の国に革命を起こそうとしに行く。
革命という目的を手段としてしまっているような描かれ方をしています。それは革命後のキューバがおせいじにも楽園とは言いがたく、他の南米の国々も疲弊しているのにあえて革命を起こそうとしていたチェ・ゲバラの行動からもみえてきます。
池上永一さんの過去の作品を見ていても、戦争には反対の姿勢を貫かれているよう。沖縄で生まれ育ち、身近に米軍基地がある環境で育ったからこそ、戦争というものについて本土で暮らす日本人よりもより深く考えられているようです。
ですので、このチェ・ゲバラの革命も戦争と同義であり、それを主導しようとする彼にいい思いを抱かなかったのかもしれません。
たとえ革命が成功しようとも、その陰では多くの犠牲がある。それは、その戦争さえなければ生きていられたはずの人々かもしれない。カリスマ的革命家を手放しで美談にしないところに、池上永一という作家のするどい眼差しを感じました(司馬遼太郎さんも「坂の上の雲」でそれまで英雄とされていた乃木大将をこけおろしていますし)。
「ヒストリア」のラストへの感想
私がこれまで読んできた池上永一作品は、人生の絶頂とどん底を繰り返しつつも、最後にはしぶとく幸せを掴み取るようなストーリーが多かったように感じます。
しかし「ヒストリア」に関してはまったく別の感想を抱きました。特にラストの部分。
最後に辛くともボリビアで成功と幸せをつかんだ煉。二つに分かれた、もう一方のマブイと一体化するために沖縄に戻ります。
戦後すぐとは全く違った様相を見せる日本返還直後の沖縄。近代的なビルが立ち並び、そこには煉が馴染み親しんだ沖縄はありませんでした。
呆然としつつも、マブイと一体化する術を教えてもらい、その場所へと赴くことに。そこはかつて、不発弾によって九死に一生を得た場所でした。その場所に赴くことが唯一のマブイと融合するすべなのです。
しかし、そこは米軍基地へと変わっていました。繰り広げられる実弾演習。当然民間人が立ち入ることなどできません。
復興が進む沖縄の中で、いまだ戦場の色が濃く残る米軍基地。その中で煉のマブイは閉じ込められており、苦しんでいるのでした。
最後の一文
現在も、私の戦争は終わっていない。
これは沖縄で生まれ育った池上永一さんだからこそ書ける一文だと思います。私は本州の人間ですし、戦争というものへの意識は恥ずかしながら薄い。
しかし、身近に、しかも未だに米軍基地がある沖縄の人にとっては、ある種戦争が非日常とは言い難い日々を送っているのでしょう。
「ヒストリア」では煉の人生を通じて、戦争というものの愚かさや過酷さ、そして一番被害にあうのは誰かということを知らされたような気がします。
ページ数も多いし、決して楽しいだけの小説ではありません。しかしそこで感じられる面白さ、そして深みなどはこれまでの池上永一さんとは一味違う読み応えを味あわせてくれるでしょう。