面白かった本の紹介をば。
以前三津田信三さんの「わざと忌み家を建てて棲む」を紹介したときにも記しましたが、私はちょっと怖めのタイトルの本が好きです。
例えて言うなら、江戸川乱歩の「人間椅子」や夢野久作の「少女地獄」のような感じ。
おどろおどろしい響きだったり、奇怪な組み合わせのタイトルを見ると「おっ?どんな内容なんだ?」と好奇心がそそられます。
先日読んだ伊藤計劃さんの「虐殺器官」も同じような感覚で手に取った作品。
禍々しくカオスなニュアンスさえある「虐殺」とどこか理性的な響きのする「器官」を組み合わせるセンス。
いったいこれはどのような話なのか、タイトルから「おそらく血なまぐさいぞ」という予想はできてもその実態が読めない。
数年前から気になっていて、ようやっと重い腰あげて読んだのですが、なかなか面白かったので紹介したいと思います。
「虐殺器官」ジョンポールの毒「虐殺の文法」
「虐殺器官」のあらすじ
現在よりもう少しだけ先の、近未来のお話。テロの脅威や様々な世界秩序を維持するため、アメリカ国家としての暗殺が容認されている時代。
その暗殺を実行するアメリカ情報軍・特殊検索群i分遣隊に所属する主人公のクラヴィスたちは数年来ある男を追っています。その男の名はジョン・ポール。元言語学者で、その男の行く国ではなぜか暴動や虐殺が頻発する。
世界中の虐殺問題の影にジョン・ポールが見え隠れし、アメリカは暗殺の対象としますが、いつも取り逃がしてしまいます。
このジョン・ポールという男はいったい何者なのか。なぜこの男が訪れる国では虐殺が起こるのか。そして何か目的があるのか。
クラヴィスがジョン・ポールを追跡する中で、見えてくるものとは。
「虐殺器官」は近未来をテーマにしたSFもので「ベストSF2007」や「ゼロ年代SFベスト」などで1位をとっている作品。
アニメとして映像化もされています。
その設定に引き込まれる
たとえば、狡猾な指導者であったり、残虐性の高い王が支配する国などいかにもあからさまに悪い登場人物がいるのであれば、この虐殺というワードと結びつきやすいかと思います。
しかし、ここで出てくるジョン・ポールはそういうもとは結びつかない人物。なのに彼が訪れた国では虐殺騒動が巻き起こる。
たとえばジョン・ポールなる人物がものすごくカリスマ性を有し、対象の国を支配する過程で何かしら虐殺騒動が起こるというのであれば、まだなんとなくわかる。
彼が訪れる国々はどちらかといえば貧しい国々。しかも訪れるまでは紛争や虐殺の気配もなかったような場所。しかし彼が来ることによって、その国々は混沌に叩き込まれる。
そうなるからには何かしらの方法を使っているはずですし、理由もあるはず。
理由も目的もわからない男がいかなる方法を用いて国家を虐殺の悲劇に叩き込むのか。
冒頭から提示される大きな謎。この謎の答えを知りたくて、気づくとこの物語に引き込まれていました。
【ネタバレ】言語学者ジョンポールが見つけた虐殺の文法
この大きな謎の答えを言ってしまえば(ネタバレになりますが)ジョン・ポールは虐殺の文法なるものを発見したのです。
様々な過去の事例から、虐殺の起きた地域、国々の情報を精査するうちに、とある共通点が見つかる。それこそが虐殺の文法。
ここでジョン・ポールの言語学者という設定が活きてくる。元言語学者だからこそ、虐殺が起きた地域での文脈からそれを見つけ出したのです。
ジョン・ポールは自身が発見した虐殺の文法を、目的の国に埋め込みます。その国のメディアを通じて、徐々に、皆が目にするものの中に虐殺の文法を埋め込んでいく。
それは一見してわからないが、遅効性の毒のようにじわじわと国を蝕み、そのような虐殺の文法を埋め込まれたことさえ知らぬまま、紛争などに突入していくというもの。
絶対に存在してほしくはないですが、妙にリアリティのある「虐殺の文法」。
ものすごいテクノロジーだったり、細菌兵器、魔法の類でなく、我々が普段つかている言語の中にパターンとして存在しうるという設定が怖い。
そんなもので、国家内で紛争、虐殺が起こりうるという世界観を作り上げた伊藤計劃という人の巧みさにゾッとします。
クラヴィスの選択
これもネタバレになりますが、ジョン・ポールがそれらの国に虐殺の文法を仕込ませ、紛争騒ぎを起こしたのにはアメリカを守るためという理由があります。
貧しい国々から裕福なアメリカに敵意(テロ)が向けられるのを避けるため。
ジョン・ポールはアメリカに対するテロの兆候がありそうな国に行っては虐殺の文法を埋め込み、紛争で同士討ちさせる。敵意をアメリカに向けささないために。事実、この行為をしだしてからテロ行為は行われなくなりました。
歪んだ愛情とでもいいましょうか。ある種、超越したエゴからなる虐殺の原因。
最終的にジョン・ポールは死に、クラヴィスはその虐殺の文法を引き継ぎます。
これまでのアメリカからの暗殺業務を引き受けてきて、心に大きな傷を負ってきたクラヴィス。彼は虐殺の種を自国アメリカへと埋め込みます。未来永劫発展と安定があると思われたアメリカは紛争の道へと進んでいくところで物語は終わります。
既視感はあるけど読んだことのない作品
「虐殺器官」の展開に独自性があるし「虐殺の文法」というものの設定も目新しく、面白く読むことができました。
ただ全体の世界観にはいろいろなSFの既視感も。
エヴァンゲリオンだったり、メタルギアソリッド、攻殻機動隊、ブレードランナーなどのテイストが感じられる世界観(ちなみに私のクラヴィスたちのコスチュームイメージはGANTZ)。
そういう既視感はあるのだけれど、やはり初めての驚きがあるSFでありました。
「虐殺器官」のモンティパイソンネタ
個人的にモンティパイソンネタが随所に出てきたのが嬉しかったですね。
「殺人ジョーク」、「シリーウォーク」、「スペイン宗教裁判」など。
モンティパイソンも随分とブラックなネタを笑いに潜ませてるので、何かしら含みがあるのかなという気も。
世界では紛争が存在する
今現在、日本にいる限りは平和を享受できますが、世界ではこの小説のような悲劇に包まれている国々も現実としてあります。
宗教対立、人種対立、紛争、難民問題。世界にはそういう血なまぐさい悲劇が質感を持って存在するのです。
「虐殺器官」をSFとして楽しみましたが、その一方でリアルな世界のことも深く考えさせられる作品です。