本日も快眠を目指すため、寝る前読書にぴったりな本をおすすめします。
以前何気ない江戸の情景を描いた漫画「風流江戸雀」という作品でも紹介しましたが、私の好きな作家に杉浦日向子さんという方がおられます。
漫画家であり、エッセイストでもあり。
江戸に造詣が深く、昔NHKで放映されていた「コメディーお江戸でござる」にも出演されていました。
その漫画は江戸を題材にしたものが多く、時代考証が確かなので一コマ一コマから江戸の風を感じます。
残念ながら若くしてお亡くなりになられたのですが、晩年は隠居暮らしといいながら人生の愉しみ方を突き詰めた方でもあります。
そんな杉浦日向子さんの食と人生のエッセイ「杉浦日向子の食道楽」のご紹介。
グルメエッセイは寝る前の読書にぴったりな癒しのカテゴリー。この食道楽は通常のグルメエッセイとは少し違いますが、食に対する文章は読者のイマジネーションをかきたててくれます。
人生を愉しむ、杉浦日向子の食のエッセイ
短い人生の中で突き詰めた愉しみ
杉浦日向子さんは46歳という若さで世を去っています。
晩年は病がちだったらしく、「食道楽」の中には老いのこと、病院のこと、人生に関するエッセイも。
いずれはやってくる自分の死を見据えた上で、人生をどう愉しむか。
病に侵された時、迫り来る死を嘆く人生もあれば、今生きている、愉しみを味わい尽くすのも人生。
私がいざその立場に立たされた時、どれほど達観できるのかはわかりませんが、「食道楽」を読んでいると少なくとも杉浦日向子さんのように人生を愉しむ選択をしたいです。
杉浦日向子と肴とお酒「正しい酒の呑み方七箇条」
杉浦日向子さんのエッセイにはよく和食とお酒が登場します。
江戸研究家ということもあってか、身近ではあるけれど人生を愉しくしてくれる和食やお酒への愛が伝わって来ます。
杉浦日向子さんの他のエッセイなどでは蕎麦屋での酒の愉しみ方を紹介したものも。
蕎麦屋で一杯なんて、年寄り臭いだとか通ぶってるとかそういうことを気にせず、ただその至福の時間と魅力が伝わってる文章。
「食道楽」の冒頭にも正しい酒の呑み方というのが載っています。
正しい酒の呑み方七箇条
一、酒の神様に感謝しつつ呑む
二、今日も酒が呑める事に感謝しつつ呑む
三、酒がうまいと思える自分に感謝しつつ呑む
四、理屈をこねず臨機応変に呑む
五、呑みたい気分に内臓がついてこられなくなった時は、便所の神様に一礼して、謹んで軽く吐いてから、また呑む
六、呑みたい気分に身体がついて来られなくなったときは、ちょっと横になって、寝ながら呑む
七、明日もあるからではなく、今日という一日を満々と満たすべく、だらだらではなく、ていねいに、しっかり、充分に、呑む 以上
特に七番などは一回一回の呑みを愉しみ尽くす気概に満ち満ちていますね(五番はなかなか壮絶ですが)。
漠然と酒を口に運ぶのではなく、一口一口を大切にするところに幸せへの道があり、それこそが正しい酒の呑み方のような気がします。
「食道楽」では食の章、道の章、楽の章とそれぞれテーマに沿ったエッセイに別れていますが、道の章では12ヶ月その月々にあった酒器や酒の愉しみ方が紹介されています。本書の冒頭に酒器の写真もあるので、杉浦日向子さんの酒の情景がありありとイメージできます。
あちらの世界でも正しい酒の呑み方を実践しながら、楽しくお酒に親しまれているのでしょうか。
杉浦日向子の食エッセイ。ちょっとした食べ物が美味しそう
食のエッセイの良いところは食べ物をイメージすることで、なんだか和めること。
「美味しそうだなぁ」とか「明日の昼ごはんこれにしよう!」とかそういうイメージがかきたてられ、良い気分にシフトしていきます。
「食道楽」は純粋なグルメエッセイとはちょっと違いますが、食にまつわる文章がメイン。グルメというよりも常日頃、身の回りにある食エッセイという趣です。
その表現も巧みで、ちょっとした食べ物がものすごく美味しそうに書かれています。
中には、大ぶりの白い握り飯が三つ。
隅に、たくあんの古漬け茄子。
にぎりめしのひとつかみ、ちょっと傾けて眺めてから、がぶり、もぐもぐ。
足を放り出して、天を仰いだ喉が、ごくん。
(中略)
ふたつめは、梅干し。
種をふいっと吹き飛ばし、たくあんぼりぼり。
みっつめは、焼いた荒巻き鮭の、塩っ辛い腹身が、焦げた皮ごとごろり。
水筒から、湯気の上がる焙じ茶を、ゆっくり注ぎ、ひとくち。
ほうっ。
白い息の牡丹が咲いた。
どの木々の若葉も、日一日と空へ広がり、地面にだんだらの模様の陽だまりを描く。
エッセイの中にある、雑木林で木を切っていた職人のお昼休憩の一コマ。シンプルにおにぎりのお弁当ですがなんと美味しそうな文章ではありませんか。
特に「焼いた荒巻き鮭の、塩っ辛い腹身が、焦げた皮ごとごろり。」など鮭の塩味と皮の部分の油の甘み、香ばしさが思い浮かび、さぞかしそのにぎりめしはうまいだろうなとよだれが出てきます(そういえばグルメ漫画「ワカコ酒」の第一話も焼鮭の話。あちらもすごく美味しそうでした)。
最後に焙じ茶を飲む場面も、少し寒季節に体を温め、疲れを癒す至福の味が思い浮かばれ、これもたまらなく美味しそう。
食べたいという気持ちをことさら刺激してくれる名文章。
ごくごくありふれたものを食べるシーンでも、丁寧な観察と自身の経験で素敵な食のエッセイに仕上がっています。
粋な最後の晩餐「塩ご飯」
「最後の晩餐」という文章の中で、杉浦日向子さんは塩ご飯をあげています。
「食道楽」という本書のタイトルからは一見意外なチョイス。道楽というからには、もっと蕎麦だとか酒と肴の組み合わせなど選択されるかと思いましたが。
室温で冷まされたご飯の上に、塩をパラっと振ったもの。米の種類や炊き方にはこだわらぬが、深いも木椀としっかりした木の箸でもくもく食べたいとあります。
それに白湯の冷ましがあれば良いのだとか。実にシンプル。
最後の晩餐というと、何か豪華なものや好物を思い浮かべがち。あまた食材ある中で、塩を振っただけのご飯を選ぶとは。
米は日本食の基礎たるものですし、江戸に住む人々は日々白米をわしわし食べていました。
この塩ご飯も「ご飯」というよりも「おまんま」といった感じでしょう。最後にいっとうそっけないがうまいものをという心意気。
この辺も江戸文化に精通し、江戸っ子の粋を知る杉浦日向子さんの在り方が見えます。
寝る前に杉浦節のエッセイに浸る
江戸言葉のないまぜになった杉浦日向子節。
時にそっけなさもあり、愛情もあり。そんな言葉で食そのものよりも情景などを描き出している食のエッセイ。
食とともに人生があり、それをいかに愉しむか。
これを読むと普段、毎日の食事をおろそかにしていないか、漠然と食べているのではないかなど少し反省することも。
反省があるからこそ、明日からの食べることをもう一度見直し、楽しもうと思わせてくれる素敵な食のエッセイです。